エフライの感想記

のんびりやっていきます。

個人的なアロンソというF1ドライバーの思い出

今年のF1にアロンソがいない。それだけで何故か寂しくなってしまうのは多分自分だけではないと思います。自分がF1を見始めた時からトップドライバーだったフェルナンド・アロンソ。そんなアロンソへ思う事を思いつく限り書いていこうと思います。

 

 

念のために、これは本当に個人的に思う事だという注意書きをしておきます。多少不快な思いをされるかもしれませんが、ご愛嬌という事でよろしくお願いします。

 

 

自分の中のアロンソ史

 

自分がF1を見始めたのは何年か。正確には覚えていません。ただ、琢磨表彰台の記憶はないけれど、シューマッハ引退会見(1回目)の記憶はあるし、でも05年鈴鹿の記憶はリアルタイムなのか数年後テレビで見たものなのかは定かではないという曖昧さ。

でもこれだけは言えます。自分がF1を見始めた時から既にアロンソはトップドライバーだったという事です。

そして、当時幼稚園や小学生だった自分には「赤=正義」という方程式が立っており、つまりフェラーリ、ひいてはシューマッハ最強という考えがあり、正直アロンソは憎っくき敵でした。

06年鈴鹿でシューマッハがバルサンリタイアしてアロンソが勝った時「最悪だ…」と思った事を今でも覚えています笑

 

その後、シューマッハや琢磨とは別に応援していたライコネンが自分の好きなチームフェラーリに移籍したので、余計にアロンソは自分の中でうっとおしい奴扱いでした。

そしてマクラーレンから1年でルノーに出戻ったアロンソ。08年シンガポールはフェラーリファンの自分にとっては最悪でしたね笑。勝つ為に何をしても良いけどそれはダメだろ!と小学生ながら思っていました。当時は今ほどネットを使えなかったのでブリアトーレがどうなったかとかあんまり覚えてないのですが、なんかヤバい罰が下ったという事は覚えています笑

 

ライコネンから入れ替わる形でフェラーリに加入したアロンソ。正直、シューマッハやライコネンと戦っていた時代の印象が強かったので、正直あまり応援していませんでした。初年度の10年はベッテルにタイトルを獲って欲しいと思っていましたし、実際最終戦でペトロフにアロンソが詰まった時「ざまぁ」と思った事は忘れられません。そこからベッテルが4連覇するなんて当時思ってませんでしたからね笑

 

 

10年の初タイトルの後、ベッテルが連勝しだすと共にいつのまにか、ベッテルを応援せず、アロンソを応援するという昔では考えられない事をしていました。

具体的に何年からとは覚えていませんが、常勝軍団レッドブルに立ち向かえるのはフェラーリアロンソしかいないと思うようになったんでしょう、多分。それか、個人的にポールトゥウィンの単調なレースがあまり好きではないというのもあったと思います。

 

そして、まさかのタイトル無しに終わったフェラーリの後のチームは08年当時なら信じられないマクラーレンでした。バトンと組み、最強軍団来た!と思いきや、ホンダPUの性能不足により下位に沈むレースが相次ぎました。そしてルノーPUにスイッチしても大した順位アップにならなかったアロンソはここでF1引退を決意。アブダビでのハミルトン・ベッテルと一緒にドーナツターンをやっていた光景は忘れる事ないだろうな…

 

 

印象に残ってるレース5選!!

 

と見出しを打ちましたが、色々ありすぎて絞りきれないんですよね…笑。長々と書いてもアレなので、苦し紛れですが5つに絞って書いていこうと思います…!

 

 

  • 05年 日本GP

 

このレースはまぁライコネンファンの自分としては最高のレースで、17年インディ500があるまでは1番好きなレースだったんですけど、これアロンソのレースとして見ても凄いんですよね。

16番手スタートから3位フィニッシュ。DRSもない、しかも抜きにくい鈴鹿でこれは凄い…。タイトル決着後なのにモチベが続いていたのも個人的には加算ポイント。130Rでシューマッハを外から抜いた時は鳥肌が立ちました…

 

 

  • 09年 スペインGP

 

マクラーレンからルノーに出戻ったアロンソ。08年こそ2勝出来ましたが、この年は愛車、R29が失敗作も良いところ。ボロクソに遅い車に仕上がっていました。

しかし、ここは2度のタイトルドライバー。母国のファンの前でみっともないレースをする訳にはいかない(妄想です)とキレた走りを披露していました。予選から8位と高順位を獲得すると、決勝では芝生にタイヤを落としながらレッドブルウェバーをあわや抜くかというところまで行ったりと素晴らしいレースをしていました。

結果は5位入賞。マッサの燃料が1周足らないというフェラーリのポカにも助けられた感がありますが、それでも扱いにくいマシンで至極の走りを魅せたと思います。

 

 

  • 10年 ドイツGP

 

こっちは悪い意味で印象に残ってるレースですね。通称ザンユー無線が発令されたレースであり、まだ8戦なのに早いやろ!と思った記憶があります。まさか8年後にも同じ無線がフェラーリ内で出るとはな…笑

 

 

  • 14年 ハンガリーGP

 

メルセデス無双初年度のレース。優勝はリカルドが貰っていきましたが、アロンソは使い込んだソフトであのハミルトンの猛攻を凌ぎ切っての2位。このレースでの勝者はリカルドとアロンソだなぁと思います。まぁチームとすれば高を括ってライコネンをQ1落ちにさせるというお家芸を発動したレースでしたが。

 

 

  • 18年 アゼルバイジャンGP

 

これはアロンソの執念が見えたレースでしたね〜。ルノーにPUを変え、テストこそボロボロでしたが、オーストラリアでは5位入賞。そこからの流れを持ってきたレースでしたが、アロンソは序盤にマシンを壊してしまいます。ですが、アロンソはほぼ2輪走行でピットに帰還するとそこからマシンを直し、意地の走りで7位入賞。まさにサムライというレースでした。ここからマクラーレンが上昇するっと思ったんだけどなぁ…

 

 

 

というわけで以上が個人的に印象に残ってるレースです。本当はアロンソ・ハミルトン・マッサ・ウェバーの四つ巴バトルが見られた11年ドイツGPや母国優勝、しかもアロンソ・ライコネン・シューマッハ勢揃いのポディウムだった12年のヨーロッパGPとかも入れたかったのですが、長くなりそうなので泣く泣くカット…。本当、これ以外にも素晴らしいレースがあるんですよ!アロンソには!!

 

書いてて思ったのですが、やっぱりアロンソって凄いドライバーだなぁと。もう少しF1のトップチームで見たかった気もします…

 

 

まとめ

 

2回のタイトルでは言い表せない程のインパクトを残してくれたアロンソ。そんな彼を19年シーズンから見られないと思うと本当に寂しい。

 

でも、ルマンを制し、インディ500でも速さを見せたのは流石だと思う。ついこの間のデイトナ24hも可夢偉と共に優勝しましたし、速さだけでなく器用さも持ち合わせているアロンソが挑戦する次のステップを1ファン(いつの間にファンに笑)として楽しみに見ていこうと思います。

 

本当にアロンソ、お疲れ様でした。

インディ500、頑張って下さい!